1)粉じん
粉じんを吸入することによって起こる疾病には、よく知られている「じん肺」があります。「じん肺」は、古くから「よろけ」等と呼ばれ「不治の病」として恐れられてきた疾病であり、現代の医学によっても直すことができません。
「じん肺」とは、長期間、微小な粒子である粉じん(主に粒径が5μm以下)を吸入することによる肺胞およびその周辺部に生ずる繊維増殖性変化を主体とする疾病のことです。これが進行すると、
「息切れ」や「動悸」等の症状が現われ、さらに進展すると肺機能障害が進行し「肺性心」という状態で死亡します。また、肺結核等種々の合併症にかかりやすくなり、このため死亡することがあります。
「じん肺」の発生を防止するためには、なるべく粉じんを吸入しないようにしなければなりませんが、そのためには、
- 粉じんにさらされない
- 粉じんの発生をおさえる
- 発生した粉じんを取り除く
- 発生した粉じんを新鮮な外気でうすめる
等の対策を進めることが必要です。
粉じんによる健康障害の防止を目的として定められている「粉じん障害防止規則」(「粉じん則」と呼ばれています)が設備関係を規定し、「じん肺法」が健康管理面を規定しています。
2)有機溶剤
有機溶剤とは、一般的には、塗料、樹脂、ゴム、油脂などの水に溶けにくい物質を溶解する性質を持つ有機化合物で、揮発しやすく工業的用途に使用されるものをいいます。
有機溶剤が、呼吸や皮膚への付着等によって体内に吸収されますと、神経障害、造血障害、肝障害、腎障害を発症させることがあります。
新聞等で報道され、社会問題となっているシンナー遊びによる事故は、ほとんどが有機溶剤のひとつであるトルエンによる急性中毒ですが、職場においても、高濃度の有機溶剤にさらされることによる急性中毒については特に注意しましょう。
このような有機溶剤による中毒の防止を目的として、「有機溶剤中毒予防規則」(以下「有機則」と呼ばれます)と「特定化学物質等障害予防規則」(以下「特化則」と呼ばれます)が設けられています。
3) 鉛
鉛は、銅や錫とならんで古くから用いられ、すでに紀元前3000年頃には、エジプトで青色陶器の釉薬(うわぐすり)として、また紀元前1500年頃には、スペインで帆船の錘(おもり)としても用いられた記録があります。
わが国においても、鉛は古くから採掘され、利用されてきましたが、鉛害については、明治期になって、鉛白(塩基性炭酸鉛)が混ぜられたおしろい白粉を使用した役者や、これを摂取した乳児の中毒症状が問題となり注目されました。
産業界での鉛の使用量が増加するに従って、その精錬、溶解、鋳造、加工、利用等の段階で発生するヒュームや粉じんを吸入し、あるいは、嚥下(えんげ)して、腹部の病痛、便秘、鉛蒼白、神経麻痺などや、中毒による死亡者が発生するなどして、大正5年に工場法で業務上疾病として予防措置を講ずべきことが規程され、大正14年にILO条約で具体的に定められました。
現在、このような鉛中毒を防止するため、労働安全衛生法では、「鉛中毒予防規則」(「鉛則」と呼ばれます)が設けられています。また有鉛ガソリンに使用される四アルキル鉛の中毒防止については
「四アルキル鉛中毒予防規則」(「四アルキル則」と呼ばれます)が設けられています。
4) 四アルキル鉛
四アルキル鉛とは、鉛とアルキル基(CnH2n+1)との化合物ですが、このうち四エチル鉛は、古くからガソリンエンジンのすぐれたアンチノッキング剤として、ガソリンに混入、使用されています。
四アルキル鉛は猛毒で、5mg/リットル の気中濃度では、人は10分間で死亡するといわれています。そのため、「毒物及び劇物取締法」で特定毒物に指定され、ガソリンへの混入率の上限や,加鉛ガソリンの着色(自動車用はオレンジ、航空機用はブルー)等が定められています。
四アルキル鉛によって身体が汚染されたり、その蒸気を吸入したりしますと、中毒症状が現われ、
軽度の場合は不眠、頭痛、イライラ、食欲不振等、重度の場合は中枢神経が侵され、精神錯乱状態となって狂死することが報告されていますが、こうした悲惨な中毒を防止するために、「四アルキル鉛中毒防止規則」(「四アルキル則」と呼ばれています)が設けられています。
5) 特定化学物質等
私たちの身の回りでは多種類の化学物質が使用されており、その種類は8万種以上といわれていますが、これからもさらに新しい化学物質が次々と生み出されてゆくでしょう。こうした化学物質のなかには、人体に有害なものが多数あり、その対策が十分でないため、急性、慢性の中毒やその他の健康障害を職場で、社会でしばしば発生します。
そこで、化学物質のなかで、特に健康障害発生の事例が認められる等有害性の高いものを、特定化学物質として指定し、がん、皮膚炎、神経障害その他の健康障害を予防することを目的として、「特定化学物質等障害予防規則」(「特化則」と呼ばれます)が設けられています。
6) 高気圧
潜水業務や潜函工法(ニューマチックケーソン工法)と圧気シールド工法により大気圧を超える高気圧下の作業を高圧室内作業といい、この環境下での作業者には、次のような障害があります。
- 減圧症(大気圧に戻るときの減圧速度が速すぎると、体内に溶解している窒素ガスが過飽和状態になって気泡を形成し、この気泡が血液循環の阻害や組織を圧迫すること)
- 作業設備の不備又は管理不十分による一酸化炭素、炭酸ガス中毒
このような作業者への健康障害を予防するために、高気圧作業安全衛生規則(「高圧則」と呼ばれます)が設けられています。「高圧則」の概要は、以下のとおりです。
- 事業者の責務
- 設備(高圧室内業務の設備、潜水業務の設備)
- 業務管理(作業主任者、特別教育、高圧室内業務の管理、潜水業務の管理)
- 健康診断及び病者の就業禁止
- 再圧室
- 免許
また、「高圧則」は、新たな減圧方法に対応するため改正が行われ、平成27年4月1日より施行されています。
主な変更内容は、以下のとおりです。
- 作業計画の作成に関する措置
- 呼吸用ガス分圧の使用制
- 酸素ばく露量の制限
- 減圧停止時間に関する規制の見直し等
7) 電離放射線
近年、産業界における電離放射線の利用は、ますます拡大しつつあり、医学的検査や治療のほか、一般的な生産技術の分野にも、広く使用されるに至っています。
放射線による健康障害を防止するためには、放射線による人体の被ばく線量をできるだけ少なくしなければなりません。準拠すべき規則として、以下に述べる「電離放射線障害防止規則」(「電離則」と呼ばれます)があります。
現在、わが国では、放射線障害を防止するための数多くの法律が公布され、それぞれの法律のなかで、放射線の管理を直接担当する主任者やその他の資格者を定めていますが、その主なものは次の通りです。
- 核原料物質、核燃料物質および原子炉の規制に関する法律 (現文部科学省)
・原子炉主任技術者
- 放射線同位元素等による放射線障害の防止に関する法律 (現文部科学省)
・放射線取扱主任者(第1種、第2種)
- 労働安全衛生法、電離放射線障害防止規則 (現厚生労働省)
・エックス線作業主任者
・ガンマ線透過写真撮影作業主任者
- 診療放射線技師法 (現厚生労働省)
・診療放射線技師
このうち、電離放射線障害防止規則においては、医療用以外に使用される、波高値による定格管電圧が1000キロボルト未満のエックス線装置について、エックス線作業主任者の選任を義務づけています。
また、非破壊検査業務に用いられるガンマ線照射装置の事故が相次いで発生したため、昭和50年
に規則の一部が改正され、ガンマ線透過写真撮影作業主任者の制度が設けられました。
8) 酸素欠乏
人は生きている限り、呼吸し続ける必要があります。生理学的には、空気中から酸素を取り入れ、細胞の代謝によって生じた二酸化炭素を排出するガス交換を呼吸といいます。肺胞で吸気(空気)のなかの酸素を吸収し、蓄積した炭酸ガスを放出するための、いわゆるガス交換作業です。
吸気(空気)のなかの酸素濃度は、通常20.94%ですが、いろいろな原因で、酸素濃度の低い空気を吸入することで酸素欠乏症にかかります。酸素欠乏症にかかると目まいや意識喪失、さらには死に至る場合があります。酸素濃度18%が安全限界ですが連続換気が必要です。
酸素欠乏症の症状としては、濃度16%で頭痛、はきけ、濃度12%で判断力低下、筋力低下、体重支持不能、濃度10%で顔面蒼白、嘔吐、濃度8%で7〜8分以内に死亡、濃度6%で瞬時に昏睡、呼吸停止が起こり死亡に至ります。
こうした恐ろしい酸素欠乏症による労働災害を防止するために、「酸素欠乏症等防止規則」(「酸欠則」)と呼ばれます)が制定されています。また、酸素欠乏が発生する危険のある場所は、労働安全衛生施行令「別表第6」に定められています。酸素欠乏症による災害を防ぐためには、特に作業主任者による作業前の作業場の酸素濃度測定が重要です。その他、事前調査による施工計画・作業計画・作業手順の作成、工事着工前の健康管理・労働衛生教育、日常管理等を確実に進めていく必要があります。
9) 硫化水素
硫化水素は自然界の様々な状況で発生しています。汚泥等の攪拌や化学反応等によっては急激に高濃度の硫化水素ガスが空気中に発散されることもあります。硫化水素ガスは味覚の麻痺や眼の損傷、呼吸障害、肺水腫を引き起こし、死に至る場合もあります。10ppmが許容濃度(眼の粘膜の刺激下限値)です。
10) 石綿
石綿(いしわた)とは、天然に産する繊維状の鉱物で、「せきめん」、「アスベスト」と呼ばれているものです。
空気中に飛散した石綿は、極めて細かく微小なため、気が付かないうちに吸い込んでしまうと、がんの一種の「中皮腫」や「肺がん」などの疾病を引き起こすことがあります。
そこで「特定化学物質等障害予防規則」から独立して、「石綿障害予防規則」が定められました(平成17年7月1日施行)。石綿は、繊維が極めて細かい、熱に強い、摩擦に強い、切れにくい、酸・アルカリに強いなどの性質があり、その用途は、建材製品では天井、壁、屋根などに、工業製品では、自動車のブレーキライニング、クラッチフェーシング、ガスケットなどに使用されています。
石綿の種類には、アクチノライト、アモサイト(茶石綿)、アンソフィライト、クリソタイル(白石綿)、クロシドライト(青石綿)およびトレモライトがあります。